2-3 「絶唱」の感想

スピンオフ
「絶唱」を読み終えたので、感想を。
面白くないので、このブログは読まなくてよいですよ。

まず、前提が1つ。
「僕は本を読みたいのに読めない病気」
買ったら満足するタイプですので、相当な時間がないと読破できません。
2014年12月に買った「海賊と呼ばれた男」はめちゃくちゃ面白いのに、まだ上の8割しか読んでいません。

そんなぼくが、1日も経たずして読破した理由は、
・大学の友、キリン君がプレゼントしてくれたプレッシャー
・昨年見た「アナザースカイ」の湊かなえの回が素晴らしかった

というものです。

アナザースカイは、
まあ「絶唱」のキャンペーンの1つだとは思うんですが、本のことは少ししか触れません。
湊かなえが、20代の時、青年海外協力隊として2年間派遣されていた「トンガ王国」に行って、そこでの思い出なんかを紹介して行くわけです。

それを見た僕は、
トンガという国の魅力と、湊かなえという人間の魅力に惚れるわけです。
湊かなえは、番組内で、このようなことを言っていました。
「協力隊として、トンガにいた2年間を人生最大のイベントにしたくない。」
と。
ここで、僕は、思うわけです、
「絶唱」を読もうと!
しかも人の金で!


「絶唱」は、amazonさんにこうあります。
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悲しみしかないと、思っていた。でも。死は悲しむべきものじゃない――南の島の、その人は言った。心を取り戻すために、約束を果たすために、逃げ出すために。忘れられないあの日のために。別れを受け止めるために――。「死」に打ちのめされ、自分を見失いかけていた。そんな彼女たちが秘密を抱えたまま辿りついた場所は、太平洋に浮かぶ島。そこで生まれたそれぞれの「希望」のかたちとは? 〝喪失〞から、物語は生まれる――。
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そうこの小説は、トンガを題材にしてるわけです。
そう聞くと、ポカポカのハートウォーミングかと思ってしまうんですが、違うんです!

あまり、多くはバラせませんが、この本は、
「トンガ」、そして「阪神淡路大震災」をテーマにしています。
阪神淡路大震災を経験しているもの達が、たまたま南の楽園トンガ王国で出会っていくというような内容。
いや、逆かも。
「トンガで出会った人たちは、実は震災に関しての、死に関しての何らかの想いを抱えてる」といった感じです。

読み終えて思うことは、
と、まあ、ここからがやっと感想です。

アナザースカイで湊かなえが紹介していた思い出が混ざった、ノンフィクションのようなフィクションのような話で、
アナザースカイを見てる分、容易に想像できる場面が多かったわけですが、
言葉に重みがあるということです。

しかも、何を隠そう、湊かなえ自身、
阪神淡路大震災の経験者です。

最後の章は、一章丸々、自身の震災への想い、死への想い、トンガへの想いを綴っています。

ちょっと、想像つかないかと思うんですが、

震災で、死への何らかのトラウマを抱えているもの達が、トンガ人の死の捉え方、人生の捉え方、そして、トンガという常夏の楽園で考えを変えていくという話です。

そしてこれは恐らく、湊かなえ自身がそう感じたのだと僕は思いました。
だから、言葉に重みがあるんです。


さらに、この本が僕の心を捉えた理由があります。

それは、
留年して暇だった2015年、
就活が終わって何もすることがなくなり、
人とも会わなくなり、
プチ鬱状態に突入し、人生の意味を考えていました。

そんな最中、18歳まで同居していた、祖父が亡くなったのです。
じいちゃん子だった僕は、もちろん哀しかったです。
ただ、近い家族が死んだことがなかった僕は、
「人はいつか死ぬのか」
と心から思ったのです。

そして、年末、部活の同期と行ったマイアミのビーチを1人でお散歩している時に、
悟りを開いたのです。

人生楽しまなきゃ損だと!
いつ死んでも後悔しない生き方をしようと!

なぜマイアミでなのかは置いておいて。


ここから2016年、ハッピーまんさくが誕生したのです。

つまり、まとめますと、
「絶唱」はすばらしい。

先ほど述べたように、内容がすばらしい。
そして、僕の心境にばっちしマッチした。
さらに、いま、僕は東北沖にいる。

この3つが重なり、興奮して、
こんな長いスピンオフブログを書いています。


1月5日に新聞全紙にのった「宝島社」という出版社の広告で、
「死ぬときぐらい、好きにさせてよ」
というキャッチのものがあります。
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これは、
高齢社会の日本に、死について考えさせる広告です。
ちっちゃい字のとこ読めばわかりますが、

宝島社は、広告意図を、
「日本の平均寿命は年々更新され、今や世界一。いかに長く生きるかばかりに注目し、
いかに死ぬかという視点が抜け落ちているように思います。いかに死ぬかは、いかに生きるかと同じであり、それゆえ、個人の考え方、死生観がもっと尊重されてもいいのではないか。」
と言っています。


「絶唱」読んで、この気持ちをみんなと共有したいと僕は思っているわけです。

新潮社、そして宝島社に5万円くらいずつもらいたいと思っています。

是非、読んでみてくださいな